田んぼで学ぶ生物多様性

高野孝子

早稲田大学 留学センター 教授

「わあっ、ヒルだ〜、やだあ〜」
「カエルかわいい!」「おたまじゃくし、むっちゃいる!」

2016年6月上旬、10代から70代の20名近い人たちが、素足で田んぼに入った。場所は新潟県南魚沼市の山あいの農村、栃窪。腰を曲げ、両手を泥につっこんで、引っ掻き回しながら草を取る。シンガポールから直接やってきた人や、アメリカや中国からの大学生たちも交じっている。地元の人たちを含む数名をのぞいて、全員が、田の草取りは初めてだった。

「効率」と棚田

山の斜面を開いて作った棚田では、田の規模を大きくできない。つまり大型機械を使った、いわゆる「経済効率のいい」稲作はできない。そもそも近年、農業では生計が立てられないため、集落の若い人たちは町に出て勤めを探す。高齢化が進むこの地域では、耕作が続けられない世帯がどんどん増えている。
政策の転換もあり、栃窪では10年ほど前から集落営農の試みが始まった。組織を作り、村内在住の退職者がその主たる構成員となって、田んぼを借り受け、耕作ができなくなった人たちに代わって米を作る。自分たちが暮らす地域の環境を荒らさないため、祖先が苦労して拓いた大切な田んぼへの敬意のため、次につなぐ可能性を残し続けるためだ。

平野部とは違う米作りをしよう、少々高くても安全なコメに価値を見出す人たちはいるはずと、彼らは完全無農薬で有機栽培、または大幅な減農薬での米作りを決めた。

農村の現場から学ぶ

栃窪の集落営農組織は、完全無農薬の一つの田んぼで、NPO法人と協力して通年の田んぼプログラムを実施している。先述の人たちが参加したのは、そのうちの「田の草取り」の回だった。大学で私が担当する、人と自然の関係を考える授業の一部としても6人の学生が参加した。

1泊2日のプログラムでは、草取り以外に、農家さんからの座学や、地元の食材を使った見事な食事、村の人たちを交えての交流会なども含まれる。集落を歩きながら、多くのことを知る。例えば、カモシカがいつもいる場所や獣害のこと、雪国ならではの屋根の形、小学校の全校生徒数が10人前後であること。生態系や社会的な課題を含め、今年の異常な小雪がどのような影響を田畑に与えているかなども実際に見て取れる。

一般的に大学の授業は、多くの場合教室内での講義となる。私は「サステナビリティ」に関連した授業を幾つか持っているが、それらも同様だ。

生物多様性の概念はサステナビリティでは欠かせないテーマになる。だが、教室内で文字や写真、さまざまな言葉を駆使して説明しても、学生たちは「頭では理解したつもり」「ピンとこない」とすることが多い。一つにはこちらの説明のしかたの問題があろうし、自然と暮らしの接点に関する彼らの実体験の不足なども理解につながりにくい理由の一つだろう。彼らに自分たちで具体例を調べてもらっても、やはり出典からコピーしてきた仮の言葉で終わることがほとんどだ。

体験からの理解

一方、体験を通じた学びは、言語のみの理解を身体的に落とし込むことにつながることがある。それによって、理解だけでなく、価値観や行動にも変化が起きることも多い。
週末のプログラムの最後の感想やアンケートにはこんなコメントがあった。

「田んぼが命にあふれていて、人間のための食品工場ではなく、自然のエコシステムの一部として機能しているのだと改めて感じることができた」
「自分が取り込むものがどう健康に関係するのか、より深く理解できた」
「たんぼにはお米だけじゃなくて、ヒルとかカエルとかのすみかにもなっているんだなあと思った」
「Learnt the importance of sustainability, and how nature conditions are able to affect agriculture despite all the technological advancements!(サステナビリティの重要性がわかった。技術がいくら進歩したと言っても、やはり自然の状況が農業に影響を与えることも知った)」

こうした気づきから、生物多様性やサステナビリティについて、具体的に考えていくことができるだろう。もしこれらの体験をした上で、生物多様性についての講義があれば、「あの時のあれが、生態系サービスということか」と文字だけよりも腑に落ちるはずだ。そして生物多様性によって人の暮らしや社会が成り立っていることの理解にもつながっていくだろう。科学的、論理的にだけでなく、身体知として。

気づきを共有する価値

どんな体験でも、その人自身の力によって、学びにつなげることはもちろんできる。でもそれが教育的なデザインの中に位置付けられている時は、その効果がより期待できる。例えば、参加した人たち同士の意見交換も、自分の学びを深めたり、新しい気づきを得たりなどの大切な場となる。正式に場が設けられることで、自分の考えの変容につながるような深いディスカッションになる可能性も出てくる。

例えば、「田の草取り」プログラムを終えた学生の一人は、「東京の暮らしと環境が違いすぎて、ここで気づいたことを普段の暮らしに生かせると思わない」と言っていた。また「東京にはここと違って自然がないので、ここでの体験をきっかけに自然と人との関わりを考え続ける自信はない」とも話した。

このコメントを元にグループでの意見交換があった。そこでは、東京に自然がないというのは思い込みかもしれないという指摘や、この地域の少雪は今年の関東の飲料水事情に影響を与えるなどの、訪問地域と関東との具体的なつながりについての考察がされた。また、無農薬の米作りの一部に関わったことから、消費者として普段の暮らしに生かせることはあるのではないかという提起もあった。

週末実習を終えてすぐの、大学に戻った教室内での授業では、それぞれ自分の意識や行動に変化があったかと尋ねられ、上記の学生は「(自然がまったくないと思っていたけれど)道路脇の木々に自然を見つけることができるようになった」と話した。ほかにも「コンビニのおにぎりを買う時に、これがどこから来たのか考えるようになった」、「食材が有機栽培かどうか、気になるようになった」などの声があった。そうした声を聞いてまた、それぞれが自分に重ね合わせて考えていくことにつながっていく。

農山村の教育力調査

数年前、栃窪集落で実施された、4つの異なるプログラムに参加した人たち67人と、関わった集落民10人を対象に、「農山村の教育力を探る」という調査を行った。質問の中には「参加を経て、これから実践したり、変えようと思うこと」という項目があった。

8割の人たちがこれに回答し、もっとも多かったのは、「環境を考慮したライフスタイル」で、次は「食」に関することだった。例えば「自分で野菜を作る」「合成洗剤を避ける」「作り手を意識して野菜やコメを購入する」「無農薬食品を意識して選ぶ」「緑や生きものにアンテナを張る」など。

こうした行動が「便利でなくとも楽しめる暮らしの実践」だとした人もいた。「地に足をつけた生活」や「機械に頼らない」「手間をかけた料理」などと同様、価値観に触れた体験になったことも読み取れる。
「実家に足しげく帰ろうと思う。家の畑を大切にしたい」「場所の成り立ちや山の仕組み、植物育成など、自然についてのことや、先人の知恵を学びたい」など、場所や地域に言及したものもあった。

「やろうと思う」ことと、実際に行うかどうかは別であるが、こうしたコメントから、わずか1泊2日であっても農山村での体験によって、持続可能な社会づくりにつながる意識づけがされたと言えるだろう。重要なのは、これが頭での理解ではなく、具体的なライフスタイルの変化や行動を伴う可能性を持っているということだ。

行動を持ってのみ、未来の社会は変わってくる。

生物多様性を意識した社会づくり

今、地球の自然環境はとても厳しい状況下に置かれている。工業国に暮らす私たちが今と同じ暮らしをそのまま続けることは不可能だと、様々なデータが予測している。ではどのような考え方に基づいて、これからの社会を作っていけばいいのか。

蛇口をひねれば水が出て、店に行けば必ずお金で食料が手に入ると信じている私たちだからこそ、自然に近い暮らしを体験することで、それまで思いもよらなかったことに気づくだろう。人間が暮らし、社会が続いていくために、本質的に重要なものは何かが見えてくる。

生物多様性とは何かを頭で理解するだけでなく、それをどう保持し、高めていくことができるか、日常の中で実践し、その意識を踏まえた社会づくりに生かしていける、人づくりと環境づくりが大切だと思う。

高野孝子氏 プロフィール

早稲田大学教授、(特活)エコプラス代表理事。エジンバラ大学Ph.D (School of Education)、ケンブリッジ大学M.Phil (Environment and Development)、早稲田大学政治学修士。野外・環境・持続可能性教育、社会人類学を専門とする。90年代初めから「人と自然と異文化」をテーマに、地球規模の環境・野外教育プロジェクトの企画運営に取り組む。体験からの学びを重視し、「場の教育」や「学びの場作り」を提唱している。社会貢献活動に献身する女性7名に向けた「オメガアワード2002」を緒方貞子さんや吉永小百合さんらと共に受賞。環境ドキュメンタリー映画「地球交響曲第7番」に出演。

主著に「野外で変わる子どもたち」(情報センター出版局)、「地球の笑顔に魅せられて」(海象社)、「場の教育:土地に根ざす学びの水脈」(共著、農文協)、「PBE地域に根ざした教育」(編著、海象社)などがある。

HP: http://www.ecoplus.jp/
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